MadameWatson
マダム・ワトソン My Style Bed room Wear Interior Others Risacolumn News
HOME | 美しいテーブルウェア | 上質なベッドリネン&羽毛ふとん | インテリア、施工例 | スタイリッシュバス  | Y's for living
リサコラム
連載318回
      本日のオードブル

AAA


第4回


3枚のフランネルスーツ


木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書”シンプル&ラグジュアリーに暮らす”(ダイヤモンド社)(06年6月)がある。
道楽は、ベッドメイキング、掃除、いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まる夢を見ること。
20年来のベジタリアン。ただし、チーズとシャンパンは好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただしお酒はぜんぜん強くない。
好きな作家はロビン・シャーマ、夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、F・サガン、
マルセル・プルースト

     
 「おや、誰か来たのかな?いや、風か」
 「おお~、たくさんスーツありますね」「うん、普段、着られないから、余計に集めたくなってね」「でも、素敵なインテリアですね。アートなシェードにアートなガラスのセンターテーブルとカサブランカ。フランネルのソファカバーまで!」「そうだね。インテリアは唯一の癒しかな?」「でも、休みの日にだけ着るスーツだなんて、もったいないですけどね」「もったいないから着るんだよ。ご機嫌なインテリアの空間で最高の服を着て過ごす。最高の気分じゃないか!」「最高に仕立てますよ」
 
      
  





3枚のフランネルスーツ




 「もしもし。あの、先週の水曜日に引き取った洗濯ものですけど、

シャツが1枚足りないんです。あの、細いピンクとブルーのストライ

プのですけど、残ってませんか?」「はい。先々週に6枚お渡しした

シャツの中に入っていたと思いますが、どうでしょうか?」「そうで

すかぁ?ちょっと待って下さい」電話の相手の女性は、ごそごそとク

ローゼットをかき分けると「ああ、ありました。ごめんなさい」「い

えいえ、いいんですよ」「でも、すごい。データ管理されてるんです

か?」「コンピューターで?いえ、いえ、私、ぜんぜん苦手で、機械

が」「機械が
そう、でも必要ないですね。桃子さん、機械みたいだ

から」「ありがとうございます」



         



 桃子はピンクとブルーのストライプのシャツの手触りを思い浮かべ

る。数万円はしそうなそのシャツは、すでに5回は洗っている。しな

やかなエジプト綿で高級なブランド物である。他のどんなシャツも同

じように見える紳士物のスーツも桃子は色と手触りだけで誰のもので

何回洗ったかも思い出せる。それゆえか、ランドリー・モモコの店に

は、こんな問い合わせの電話は日に5、6本もかかってくる。桃子の

店から引き取って来たか、まだ預けたままかどうか、いや、クローゼ

ットのどのあたりにあるかさえ確認しようとしない顧客は、自分で調

べる手間を惜しんで、次の結婚式に来ていくタキシードは用意できて

いるかどうかの電話を桃子にしてくる。


 「昨年の末の結婚式の後、大みそかの前の日にカシミヤのコートと

一緒にお引き取りなさったので、きっとその横にかかっているのでは

ないかと思います」「ああ、そうか、そうだった。探してみよう」

「もしもなければ、お電話をまた頂戴できませんでしょうか?」

「わかった。そうするよ」電話の男はそう言ったままかけてこなかっ

た。10分後、桃子は、電話帳をめくって男に電話をかける。「タキ

シードはありましたでしょうか?」「ああ、まだ見てなかった。きっ

とあるだろう」「今、よろしければ確認していただけませんか?」


 男はクローゼットに移動して、タキシードを探し始めた。どうやら

大量のクローゼットの中身からはどのスーツも同じように探り出せな

いようだった。「それなら、その前に引き取られた、グレーにブルー

のペンシルストライプのスーツの手前あたりを探していただけません

か?」グレーにブルーのストライプなら目立つからわかりやすいので

はと桃子は思った。「ああ、あった!あったよ。ありがとう。まるで

遠隔クローゼット管理をしてもらっているようでうれしいよ」「どう

いたしまして」桃子はいつもながらのこの男性から問い合わせに快く

受話器を置いた。


 次の月曜日は大事な日だった。桃子は朝からちょっと緊張してカウ

ンターで待っていた。午前10時、約束通りスーツを大事そうに抱え

た「テイラー岡田」の店主がやってくる。


 「桃子さん、よろしく」「はい。わかりました。確かにお預かりい

たします」桃子は控えの伝票を渡すと、岡田は職人らしいそっけない

感じで「それじゃ、木曜日に取りにくるよ。それまでにばっちり仕上

げて頂戴ね」と言うとそそくさと帰って行った。「はい。わかりまし

た」桃子は布袋から取り出すと仕立て上がったばかりのフランネルの

スーツを台の上に広げた。いつも通りのサイズだった。毎年10月の

終わりになると、テイラー岡田はフランネルのスーツを持ってやって

くる。以来、15年の付合いで、桃子との信頼関係もでき、岡田は何

も言わずに桃子にそれを預けてゆく。



               



 フランネルのスーツは、すこし輪郭のぼやけた白いチョークで線を

引いたような濃紺の定番フランネルスーツだった。ウエストはかなり

ラインを強調したデザインでサイドベンツになっている。このスーツ

のオーナーは、毎年この季節になると、同じデザインのスーツを注文

するが、桃子はもちろん面識などはない。チョークストライプのフラ

ンネルのスーツは毎年わずかに色が濃くなったり薄くなったりするだ

けでサイズもほとんど変わりなく、見た目は同じように見える。しか

もこのスーツのオーナーは必ず、洗いに出してから着始める習慣らし

く「テイラー岡田」は、仕立てた後に持って来る。岡田も桃子もそれ

を15年間繰り返して来た。



               



 ほぼ変わらないスーツを注文し続けるオーナーはどんな人間で、ど

んな職業なのだろうか?桃子はいつも10月の末になるとやって来る


濃紺のチョークストライプのフランネルのスーツを見ながら想像を膨

らませる。几帳面な50代か60代の男性。ウエストラインを強調し

た上着はサイドベンツ。15年前は30代後半から50代。きっと事

業で成功を納めているのだろう。桃子の元に持ち込まれるのは着用前

の1回だけで、その後は全く持ちこまれることはなかった。なぜ、毎

年ほぼ同じスーツをオーダーするのかをつっけんどんで職人気質の岡

田に根ほり葉ほり聞くのも憚られた。



            



 今から12年前の同じ時期、桃子は思いついて、岡田に内緒でちょ

っとした細工をする勇気を出した。それは内ポケットの裏側の裏地に

年号を刺繍することだった。小さく2000と2000年の記念に入

れてみようと思ったのだ。もしもクレームが来たら、すぐに取れるよ

うに手刺繍で細心の注意をして刺繍をした。それ以来、2011年迄

桃子は年号を入れ続けてきた。今年で12回目の細工となったが、岡

田は気づくこともなかった。もちろんクレームもなく、オーナーさえ

気づいていないようだった。


 木曜日の朝、内ポケットの裏側に2012とシルバーの糸で小さく

手縫いされた濃紺のチョークストライプのフランネルのスーツは岡田

の手に無事渡された。それから1週間後、桃子の元に宅配の荷物が送

られて来た。3枚のフランネルのスーツだった。しかもほぼ同じサイ

ズの同じチョークストライプで、わずかに色合いは異なるものの、ど

れもきれいな状態を保っていた。そして、それぞれのスーツには付箋

がつけられ、丁寧に安全ピンで留められていた。そこには、1999

1998、1997とだけ書かれていた。


 桃子は3着のスーツに刺繍を施すと丁寧に洗い、プレスをして、簡

単なカードを添えてハンガーにつるしてフランネルのチョークストラ

イプのオーナーに宅配便で送り返した。


 長い時間悩んだカードには「Happy Birthday!」と

だけ書き入れてあった。





                          













  「リサコラムの部屋」は毎週火曜日連載です。

  なお、「リサコラム」は変わらず、毎週月曜日連載です。



バックナンバーの継続表示は終了いたしております。

書籍化の予定のため、連載以外のページは見られなくなりました。

どうかご了承くださいますように。








シンプル&ラグジュアリーに暮らす』
-ベッドルームから発想するスタイリッシュな部屋作り-               

(木村里紗子著/ダイヤモンド社 )                      

(Amazon、書店では1,500円で販売しています。)

マダムワトソンでは 
                                    
    木村里紗子の本に、自身が愛用する多重キルトのガーゼふきんを付けて1,800円にてお届けいたします。  
 
 ご希望の方には、ラッピング、イラストをお入れいたします。                                
    
    お申込はこちら→「Contact Us」           
                          

                                       * PAGE TOP *
Shop Information Privacy Policy Contact Us Copyright 2006 Madame MATSON All Rights Reserved.