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リサコラム
連載320回
      本日のオードブル

AAA


第6回


みどり


木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書”シンプル&ラグジュアリーに暮らす”(ダイヤモンド社)(06年6月)がある。
道楽は、ベッドメイキング、掃除、いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まる夢を見ること。
20年来のベジタリアン。ただし、チーズとシャンパンは好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただしお酒はぜんぜん強くない。
好きな作家はロビン・シャーマ、夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、F・サガン、
マルセル・プルースト

     
  長方形のテーブルの椅子は3種類、
 ストライプの緑のシート、無地の緑のシート2種類。
 緑の食器戸棚に緑の梁。
 もちろん書棚のブックカバーも全部、いろんな緑色。
 風も緑。森も緑。夢も緑。
 緑のバラのカーテンは出窓の緑をお部屋の中に
 写し込んでいるんです。
 
  さて、私の好きな色は、何色でしょうか?


 
      
  






みどり

 

 

桃子は受話器を持った。1mを3等分したほどの小さな正方形のテ

ーブルには
FAX電話機ひとつ。台の下には薄い引出し3つ。一番上に

は電話帳。2番目は
No.20と刻印された桃色の手帳の置き場になっ

ていた。


 「もしもし、モモちゃん?元気~?ああ、届いたのね~」「ええ」

相手は桃子の言葉を待たずにさえずるような声で話す。「今年は去年

より1日早いですね」「あら、さすがね。いつものことだけど」「先

生からのお洗濯物をずっと待っていましたから」「カレンダーを見な

がら?」「ええ」「それはうれしいわね~」「でも、今年はうるう年

でしたから、結局は去年と一緒ですね」「ほんと、そうだったわね。

でも、別に意識しているわけじゃないのよ」「そうでしょう」



 桃子は電話をかけている先生のいる場所を想像しながら、そっと硬

い木の椅子に腰かけた。「そちらはもう、紅葉なんですね」「もう、

まっさかりよ。ほんとうはあと1枚を仕上げてから降りたかったの。

でも、そうこうしているうちに、ほら、つるべ落としでしょ」「そう

ですね。つるべ落とし。ええ」「そんな言葉、今は使わないけど、で

もいい言葉よね」「ほんとですね」「モモちゃんもこれで20回目で

しょ?」「ええ、先生」「そうよね。すごいわ」「先生こそすごいで

す」「それでは、お洗濯物、どうかよろしくね」「はい。きれいに洗

って、夏まで大事に保管しておきます」「それじゃ、またここに来る

前に電話するわね」「ええ、お待ちしております」「モモちゃん、元

気でシンプルにね」桃子はそっと深呼吸した。森のいい空気をたっぷ

り吸込む気分で。これで20回目の先生の洗濯物を洗い、次の夏まで

保管することになる。先生は決して、「がんばって」と、「さような

ら」を言わない。その代り「シンプルにね」と言う。


              



 先生の山荘の壁は先生自身で塗った黄緑色の塗り壁で、ところどこ

ろに適度な色むらもあり、いい感じの仕上がりになっていた。ドーム

型天井の大きな数本の木のハリも鮮やかな緑に近い黄緑に塗られ、ど

ちらも先生の作品だった。



 それは桃子の高校2年生の夏休みで、遥かむかしの思い出ではある

けれど、黄緑の壁と緑の梁、緑の食器戸棚の色は、今でも鮮やかな色

で再現できる。先生のリビング兼アトリエは、森を通り越して来た天

然のクーラーのような風で、出窓や開け放したドアから存分に入って

来ていた。その山荘で桃子と先生は夏中を過ごした。



              


 高2の7月1日、通学路にある画材店のショウウインドウの片隅で

桃子は山荘でのアルバイトの張り紙を見つけた。それから毎日、マロ

ニエの街路樹の坂道を上る途中にあるその画材店の前までくると、そ

の張り紙を見てはしばらく佇み、そして足早に立ち去った。でも、桃

子は毎日、張り紙がはがされていないか、気が気ではなかった。40

日間を知らない画家と一緒に暮らすことには不安はなかった。不安な

ことはその画家に気に入ってもらえず、拒絶されることだった。



              



 夏休み迄あと2週間となってもまだその張り紙は出ていたが、すで

に1辺はセロテープも剥がれ落ちていた。桃子はまたじっとその前で

躊躇した。それから、鞄の中から桃色の絆創膏を1枚取り出すと、く

るっと巻いて、その1辺の角を張りつけた。そうしてはっとして、公

衆電話のボックスに駆け寄ると、手帳を開いて電話番号を押した。出

た相手に名前と学校名、住所を名乗ると、「掃除、洗濯、アイロンが

けは得意です。お料理も簡単なものならできます。どうかよろしくお

願いいたします」と言うとじっと相手の反応を待った。「シンプルで

いいわ。それじゃ、来週まで考えさせてね」と相手の画家は電話を切

った。



               



 桃子は1週間、ずっと山の山荘を夢みた。見渡す限りの美しい緑の

森とさわやかな風。画家の先生の後について昼間は山を歩く。夜は暖

炉の前で、アイロンをかけながら、絵を描く画家の後ろに控えてその

姿を見つめる自分。桃子は毎日想像しながら、リビングの電話の前で

勉強をした。


 1週間後の夕方、画家から電話が来て、画材店の2階で会うことに

なり、1時間の面談の後、画家は「お互いにシンプルに行きましょう

ね」といい、桃子に最初でおそらく最後の採用通知を出した。


 山荘での40日は生涯で最も美しい40日だったと桃子は今でも思

う。山荘に着いてからすぐ、先生はせっせと別荘の部屋の壁や家具を

ペンキで塗り替え、シンナーの匂いになれた頃にやっと山のアトリエ

は完成した。そこは緑色で埋め尽くされたような森の別荘になった。

昼間は外の緑と部屋の緑の境目もつきにくいほどの緑色の空間で、桃

子は毎日掃除をし、雑巾で床を磨き、窓を拭き、ブラシであらゆると

ころを掃除した。桃子の白いシャツは部屋の中では黄緑色に染まって

見えた。



              



 日が落ちると山はあっという間に日が暮れるため、先生はそれを

「つるべ落とし」だから早く山荘に帰るようにと桃子に教えた。桃子

は暖炉でシチュウやカレーやトマトの煮込み料理を作った。そして食

事の後は、コーヒーの香りを部屋中にまき散らすようにゴウゴウと音

を立てて、大きなコーヒーミルで先生はコーヒー豆を挽いた。それか

ら、フライパンで作ったクッキーをおいしいコーヒーと一緒に食べな

がら、先生は少しだけ話しをした。今思えば、先生は画家になるのは

宝くじに当たるよりも難しいことを桃子に諭(さと)していたのだろ

うと思う。


 それから、先生のシャツやシーツにアイロンをかけ終わる頃、先生

はまた黙って描き始める。桃子はその様子をじっと眺めながら、黙っ

て宿題に時を過ごした。



              



 その夏も終え、桃子は学校を卒業すると、クリーニング店でアルバ

イトをし始め、そして、シンプルにそれを生業(なりわい)にした。


 受話器の向こうでは冬の風の鳴る音がしていた。桃子は引出しの3

段目を引くと、ファイルに入った古い紙切れをちらっと引き出し、


「はい。シンプルにします」というと、丁寧に受話器を置いた。



              



 その古びた紙切れには「掃除、洗濯、アイロンがけのできる画家志

望の女子高校生1名募集。食事つき。報酬は1日3000円と生涯の

シンプルな関係」と書かれていた。まだ桃色の絆創膏もついたままだ

った。画家の名前はシンプルに「みどり」とだけ書かれていた。





                          









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  「リサコラムの部屋」は毎週火曜日連載です。

  なお、「リサコラム」は変わらず、毎週月曜日連載です。



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どうかご了承くださいますように。








シンプル&ラグジュアリーに暮らす』
-ベッドルームから発想するスタイリッシュな部屋作り-               

(木村里紗子著/ダイヤモンド社 )                      

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