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リサコラム
連載323回
      本日のオードブル

AAA


第9回


言いわけ


木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書”シンプル&ラグジュアリーに暮らす”(ダイヤモンド社)(06年6月)がある。
道楽は、ベッドメイキング、掃除、いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まる夢を見ること。
20年来のベジタリアン。ただし、チーズとシャンパンは好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただしお酒はぜんぜん強くない。
好きな作家はロビン・シャーマ、夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、F・サガン、
マルセル・プルースト

     
 「薄桃色の壁の前に、ピンクオークルの色に塗った、
木組みの天蓋ベッドを置いて、
そこにブルーの花柄のスカラップのカバーをかけるの。
ナイトテーブルもお揃いのピンクオークル。
背もたれ用に大きなピローを2個。
ちいさな白いフリルもつけてね。
天蓋ベッドには、ネイビーのサテンのカーテン。
透け感のあるレースのカーテンも。そうブルーの水玉。
ベッドスカートは細いブルーのストライプにして、
小さなクッションも柄違いで3個置こうかな。
えっと、ストロベリーピンクのストライプと
ブルー&グリーンの花柄。それに、ブルーの無地の
フリル付き。背もたれのピローと同じデザインでね。
そして、赤とオレンジのチェックのカバーを椅子にかけたら、
クリスマスムードでしょ。
窓にはブルーグリーンのストライプのカーテンがいいわ。
彼からのプレゼントはその椅子の上に置いてね
そこでね、クリームブルーのスリムなドレスを羽織るのよ。
彼にもらったスリムなドレスが入るようになったら、
そうするつもりだったの」

 
      
  






言いわけ




「はい、ランドリー・モモ..」「ああ、夜分、本当に申し訳ない。

あの、今から喪服、取りに行ってもいいかな?こんな時間に、ほんと

に申し訳ないけど、夜行列車で行かなきゃ、明日の葬儀に間に合わな

いもんで」電話の相手は懇願した。「わかりました」桃子は寝室の西

側の壁に住む“かっこう時計”を見ながら、電話を切った。かっこう

は巣から体を半分だけ出すと、また奥ゆかしく巣に引っ込んだ。10

時半だった。



             



 桃子は急いでパジャマの上から制服を着こむと、その喪服を探し出

し、店内を明るくした。アーケード街の不動産屋の主人は数分以内に

やって来るだろう。実は、桃子の店の奥には保管用クローゼットと呼

んでいる密室がある。ワンピース、ジャケット、スーツ、喪服などな

ど、およそ100着はかかっていた。引き取り手のない喪服の多くは

置きっぱなしの顧客のもので、桃子はあえて引き取りの催促をしなか

った。黒の喪服は当然見わけもつきにくく、そのため、桃子は大きな

手書き文字の名札をつけている。いざという時は、夜中だろうと電話

をかけて取りに来る顧客のためである。


 久しぶりにやってきた不動産屋の店主はパジャマの上にジャンパー

をひっかけたような恰好でやって来た。「ゴメン、ゴメン、モモちゃ

ん、ほんとにこんな時間に」「こればかりは仕方ないですねからね」

用意した喪服を手渡しながらちょっと不安になった。ここ1年の間で

随分太った不動産屋の店主の体に果たして入るのだろうか?「あの、

ちょっと羽織ってもらえますか?」案の定、ジャケットのボタンはは

ち切れそうだった。桃子はさっと、奥の保管用クローゼットルームに

入ると、暗闇の中で1、2サイズ大きな喪服をすっと抜き取り、店主

に手渡した。「10年以上音信不通の方の、きれいなものなんです」

「ああ、痩せようとは思っているんだけどね~」主人は頭を掻いた。

「でも、内緒にしておいてくださいね」「わかった。ありがとう。終

わったらすぐに戻しに来るから。もちろんクリーニング代はふた月分

払うよ」不動産屋の店主の「ふた月分」に桃子は笑った。「わかりま

した。それでは割増料金にしておきますね」今度は、不動産屋の主人

が笑った。「それじゃ」「お気をつけて」「ああ、ほんと、ありがと

う。お土産もってくるからね」「お気づかいなく」桃子は見送ると寝

室に戻った。1週間で大みそかはやって来る。



           



 桃子には繁忙期の前にやらなければならないことがある。気の進ま

ない時、カウンターの引出しはぎいっと鳴って開く。そして電話帳を

開く。古臭さもほどほどの、あいうえお順に爪のついた電話帳は住所

録もかねている。固い木の椅子を引き寄せると、黄色い付箋をめくり

電話をかけ始めた。


 「ああゴメン、ゴメン。もう、忙しくて~。それに、そうそう、こ

の前、休みだったんだよね~」電話の相手は、すぐに自分からしゃべ

り始めた。「そうですか。それは申し訳ございません。水曜日の午後

は休んでおりますので」「そうだった。タイミング悪いんだよね~。

でも、来週末にでも行くから」「ええ、わかりました。もしも閉まっ

ていたら、インターフォンを鳴らしてくだされば、出てきますので」

「わかった。そうするよ」「ありがとうございます。それではだんだ

ん寒くなってきますのでお気をつけて」桃子はやっと一つ目の電話を

切るとため息をついた。


 だいたい、忙しい忙しいという人は、休みであっても引き取りに来

ない。せっかくの休みは、面白いテレビを見るとか、どこかへ遊びに

行きはするものの、楽しくはない用事には足は向かないらしい。


 次の顧客は留守電に切り替わった。いつものように桃子はメッセー

ジを残すが、引き取りに来る保証は今回もなかった。支払も済んでい

なかった。中には永遠に引き取り手を失った服もあり、それらは3割

を占めていた。支払済であっても遠方に転勤で越してしまい、かとい

って、まだ送ってはもらいたくないという贅沢な要望もある。そんな

服は桃子のクローゼットを間借りして、主人を待つ忠犬ハチ公のよう

に毎日毎年をハンガーに掛けられて過ごしてきた。


 しかしある日、膨らむ一方の服を見上げて、桃子はやっと決断をし

た。支払の終わっていない1年を経過した服、2年間引き取りのなか

った服で連絡もつかなくなった服は古着屋に持って行くことにしたの

だ。もちろん、事前にきちんと念を押し、注意書きにも書き加えた。



             



 3軒隣りのなつみの店の古着の洗濯を全部請け負っているよしみで

引き取り手のない服は月に1度、古着として置いてもらうことになっ

たのだ。引き取り手を失った服はまた別の引き取り手に渡り、売り上

げの一部は桃子のささやかな収入として、なつみは全部硬貨で持って

来てくれる。



             



 年末を迎える前の渋々の仕事もやっと最後のひとりになった。何度

連絡を入れても返事のない未払いの美しいカクテルドレスの持ち主だ

った。しかも一度の面識しかなかった。ドレスを鏡の前で当ててみる

と、裾を引くように長い。クリームの溶けだした水色のソーダフロー

ト色のスリムなドレス。ウエストの後ろで結ばれた紺の大きなサテン

のリボンも、背中の半分開いた部分から、きれいな肩甲骨を透けて見

せるスリムなデザインはとても美しい。桃子は自分ではない姿を鏡の

中に映してうっとりしていた。マッチ棒に着せるような細いその女(

ひと)のドレスは、しかし、ちょっと悲しげないきさつを語りかけて

いるようにも思えた。預かってから1000日と3か月も経っていた

から。

 「大変恐れ入りますが、お預かりのドレスは、なつみ&リユース」

さんにお預け致します」返事のない留守伝に桃子は勇気を振り絞って

一語、一語を残し、それを3日間続けた。



             



 1週間後、なつみは桃子のところに売上金を持ってやって来た。

「あのブルーのドレス、売れたわよ」「そう!よかった~。きっと、

ご本人が買い戻しに来られたんだと思う」「そうお?ちょっと小さそ

うだったけどね。でもきっとそうよ。それじゃ、はい、これ」100

円玉硬貨の入ったビニール袋を差し出すと、なつみは帰って行った。

桃子はキッチン横の引出しの一番下を引いて、大きな銀色の貯金箱に

硬貨を1枚ずつ落としていった。



 「言いわけを止めると未来のドアは開く」缶に書かれた偉大な母の

口癖は自分の戒めのために。でも、桃子の一番好きな言葉だった。








                        






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  「リサコラムの部屋」は毎週火曜日連載です。

  なお、「リサコラム」は変わらず、毎週月曜日連載です。



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どうかご了承くださいますように。








シンプル&ラグジュアリーに暮らす』
-ベッドルームから発想するスタイリッシュな部屋作り-               

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