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リサコラム
連載324回
      本日のオードブル

AAA


第10回


階段


木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書”シンプル&ラグジュアリーに暮らす”(ダイヤモンド社)(06年6月)がある。
道楽は、ベッドメイキング、掃除、いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まる夢を見ること。
20年来のベジタリアン。ただし、チーズとシャンパンは好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただしお酒はぜんぜん強くない。
好きな作家はロビン・シャーマ、夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、F・サガン、
マルセル・プルースト

 
 「ららら、元気に歌おう!今日は雨降りですから、
『雨に唄えば』をね」

「うちのポチは、雨降りは傘をさすざますから、
唄わないざますよ」

「ああら、そうなら、『雨に唄わない』もあるざますよ」

 
      
  






階段





「モモちゃん、ちょっと待っててね」マスターの小田は答え、桃子

は案内された椅子に腰かけた。


 小田は「バーバー・オダ」を経営している。桃子はすぐ近所のこの

理髪店&美容室のこの同じ席に、毎月第一水曜日の午後4時に座る。

しかし、珍しいことに、奥さんの優美さんは不在らしく、マスターの

の小田に髪を切ってもらうことになった。一つ空けた隣の席の男性は

見たところ、60代後半で常連のようだが、桃子は初めて見る顔だと

思った。


 「ええ、もちろんです。時間はたっぷりあるから、ゆっくりやって

あげてください」鏡の中でちょっと笑ってみた。「モモちゃんは自然

にしていてもいつも笑っているみたいな顔だから、無理に笑うことな

いよ」「そうかしら」桃子は今度は自然に笑った。



          



 「でも、すごいじゃないですか!名誉市民なんて、そうそう頂ける

ものじゃありませんからね」小田は男性に言った。「今は、お世話に

なった人たちに『ありがとう』を言って回っているところですよ。こ

の年になってやっとお世話になるってことがわかるようになったなん

て情けないけどね。でも、選挙で勝った候補者の気持ち、わかるよ。

深々とお辞儀して、『皆様のおかげです』って、言いたくなる気分な

んだよ」


 「もしかタケさん、お店の名前“リアル・エステート・シンゲン“

なんて変えてみたらどうです。威厳あるし、名誉市民の店っぽいです

よ」「リアルなんとかはまだしも、武田信玄なんて恐れ多いよ。まあ

ね、親はそんな武将のように才覚に長けた人間になって欲しいと思っ

たはずだろうがね。一字違いの信弘なんて、つけてるわけだから。子

供の頃はよくそう思ったよ」「そうですか。しかし、私も、バーバー

・ノブナガなんてね。”オダ”だし。そしたら、有名になったかもし

れませんけどね」「小田さんは理容師のトップだよ。こんなガサツな

人間だけどね、オレが言うんだから、名誉市民がね。がははっはっは

は」武田という男は大きな声で笑った。「お世辞でもうれしい限りで

す」


            


 武田は目をつぶって、さくさくというテンポのいい音だけを聞いて

いた。そして、桃子も武田の大きな話し声を聞くも聞かないもなく、

当然耳に届いた。


 「毎朝5時から街中の階段を掃除して回るなんて、簡単なことじゃ

ありませんからね。しかも、30年もね~」「まあ、この辺はほんと

に坂の多い街だから、階段はいたし方ないよ。でも、この季節は、

雨に濡れた階段にさらに、濡れ落ち葉は危ないからね。高齢者、妊婦

さんも、子供だって」「うん、ほんとですね。階段は濡れていなくて

も、コンビニの小さなビニール袋だって、凶器になりえるんだし。し

かし、タケさん、目の付け所、いいですね」「まあ、自然な発想です

よ。不動産屋だしね。物件の安全性を考えていたら、自然にね


武田はまだじっと目をつぶったままで、はさみの動きに耳をすませて

いるように見えた。



           



 「実はね、ああ、もうこれ言っても名誉市民はね、剥奪されないと

は思うから、言うけどね。ちょっとヒントがあったんだよ」「ヒント

と言いますと?」「ほら、うちの店の前に20年前まで、おもちゃ屋

があったよね」「ああ、そう言えば、今はしゃれた、パティスルーと

かなんとか言うケーキ屋さんですね」「今は、個人の店でおもちゃ屋

なんてなくなってしまったけどね」「ええ、時代の網の目にはかない

ませんからね」「うん、ほんとそうだね。でも、あのころはあのおも

ちゃ屋さん、結構、流行っていてね、店先のショウウインドウもマメ

にディスプレイを替えてあったんだよ」「ほう~」熟練のはさみ音は

流れるジャズのリズムに加わっている。


 「それでね、そのころ経営はあまりうまく行ってなくてね。毎日、

お客を待っては、窓からぼんやり通りを眺めていたらもんだよ。そし

たら、ある時、学校帰りに必ずそのショウウインドウの前に佇んで、

ぶつぶつ言っている女の子がいることに気づいたんだよ。しばらく

は気にもしなかったんだけどね。そのうちどうも気になるようになっ

て、そっと外に出て、何を言っているのか聞きに行ったんだよ」



             



 「何、言ってたんです?」「いや、毎日、人形とか犬とか、くまの

ぬいぐるみを見ながら、勝手な物語を作っているようなんだけどね。

それが、面白いんだよ。笑ってしまうくらいにね」武田は思い出し笑

いをしながら、顔をほころばせた。「どんな物語りなんです?」「い

やね、子供の、大した物語じゃないけど、『おはようございます。今

日は雨ふりみたいですね』みたいに始まって、そして最後は、人間の

お母さんぬいぐるみが、山に帰る子ぐまに言うんだよ。『危ないから

階段、気をつけなさいね』ってね。すると、『階段なんてなければい

いのに、いっそ鳥みたいに飛べれば、帰るのもらくちんなのにな~』

と子ぐまが漏らすんだ。するとね、お母さんは『鳥だって、階段を上

り降りしたいんだけど、足が短いから、できないだけなのよ』とね。

そして『もしも、階段をいっぺんに登れたら、下の階段さんは役立た

ずになってしまうでしょ。それじゃダメなのよ。階段は1段ずつ上っ

てゆくためにあるのよ。だから、濡れた落ち葉に気をつけて、くれぐ

れも、1段ずつ、上って行ってね』ってね」



         



 「その女の子はそんなことを言ったんですか?」「うん、自分の人

生ことを言われているような気がしてね。その場で、ジーンときてし

まって。それから、階段や坂道の落ち葉やゴミを毎日拾うようになっ

たんですよ、実はね」「ふ~ん、そうなんですね。そんなことがきっ

かっけになっているなんて、ほんと、人生なんてわかりませんね」


 「ほんと、ほんと。あの女の子は今、30代後半になっているとは

思うけど、いつかその子を見つけたら、お礼を言いたいと思ってるん

だよ」「そうですか。それで、みんなにありがとうを言って回ってお

られるのですね」「そうそう、30代後半の女性を見かけたら手を合

わせるよ」「階段も人生も、1段ずつ上がるようにできているね~」

「だから、1段上るのに余力のある人間はささやかなことでも何か良

いことをするべきだとね。それがひいては、自分の階段を上がること

になるって、そう、その女の子に教えてもらったようなものだね」


 「ふ~ん、そういうことですか」「だから、もしも、またその子に

出会えたら、『この名誉市民は、私じゃなく、あなたのものです』っ

てそう言いたいんだよ」






                         






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  「リサコラムの部屋」は毎週火曜日連載です。

  なお、「リサコラム」は変わらず、毎週月曜日連載です。



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どうかご了承くださいますように。








シンプル&ラグジュアリーに暮らす』
-ベッドルームから発想するスタイリッシュな部屋作り-               

(木村里紗子著/ダイヤモンド社 )                      

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 ご希望の方には、ラッピング、イラストをお入れいたします。                                
    
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