MadameWatson
マダム・ワトソン My Style Bed room Wear Interior Others Risacolumn News
HOME | 美しいテーブルウェア | 上質なベッドリネン&羽毛ふとん | インテリア、施工例 | スタイリッシュバス  | Y's for living
リサコラム
連載325回
      本日のオードブル

AAA


第11回


沈黙


木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書”シンプル&ラグジュアリーに暮らす”(ダイヤモンド社)(06年6月)がある。
道楽は、ベッドメイキング、掃除、いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まる夢を見ること。
20年来のベジタリアン。ただし、チーズとシャンパンは好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただしお酒はぜんぜん強くない。
好きな作家はロビン・シャーマ、夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、F・サガン、
マルセル・プルースト

 「ケーキは5段。直径え~と一番下が60cmで、
次が、50cmで、次は40cmで、マカロンの数は、
えーと128個か?そlれに、キイウイは89個X5gとして、
よし、これで大体わかった。おっと待てよ、人間二人に、
シルクハットのおやじは、何グラムだ?」
 
 
      
  






沈黙




「あら、モモちゃん素敵な髪形ね~」「あら、変わったわね~、ど

うかしたの?」『ランドリー・モモコ』に来店した顧客はみんな桃子

に声をかけた。古着を持って来たなつみも桃子の髪形にすぐに気付い

た。「ふ~ん、今月は、あれなんだ、あの、三太郎カットなんだね」

なつみは桃子の周りをぐるりと回ると、また、「ふ~ん」と言った。


 「わかる?」「もち!」言いながらなつみは古着の入った袋をどさ

っとカウンターの上に投げ出すと、黙って木の丸椅子に腰かけた。

「このカットは三太郎に決まっているわよ」桃子はちょっと照れなが

らさっさと袋を広げると、古着を1枚ずつカウンターに広げながら伝

票に記入し始めた。



            



 「その耳の横のとこ、そうそう、そこのラインの切り込み方は三太

郎よね。ユミリンじゃあないよね」なつみは、小田優美のことをユミ

リンと呼ぶ。そして膨らんだポケットから缶コーヒーを二つカウンタ

ーに置くと、ひとつを桃子の方に押しやった。「ちょっと休憩しよう

よ」「そうね、ありがとう」桃子はちらっと時計を見ると短針は3の

真上にあった。


 「ランドリー・モコ、行ってみた?」「ああ、行ったわよ」「どう

だった?」「どうおって
」「噂じゃね、ほとんど外に出してるらし

いよ」「みたいだった」「まあ、そうだろうと思ったけどね。モモち

ゃんの腕には及ばないのはわかっているから、安心なさいな。そのう

ちなくなるわよ」「そうかな~。でもありがたいとも思ったの。だっ

て、ライバルとか競争相手なんて今まで全然考えなかったから。だん

だんわがままになって行くのよね、人間って。結局、自分の見えてい

る世界は自分のフィルターを通しての世界観に過ぎないんだもんね」

桃子はバーバー・オダで一緒になった、名誉市民の武田のことを考え

ていた。「ふ~ん」なつみは顎を片肘に乗せたまま、ポケットからマ

ーブルチョコの袋を出して、桃子の手の平にばらばらと落とした。



           



 武田の言った30年前の女の子は小学2年の自分に違いないけれど

も、二人はわかってのことなのか、それともまったくの偶然なのか、

桃子にはどちらとも確信が持てなかった。武田は顔そりを終わると軽

く会釈をして帰って行ったし、そのあと、自分の髪を切った小田もほ

とんど黙ったままだった。小田三太郎は無口な桃子の髪を無言で切り

桃子も黙って鏡の前に座っていた。


 桃子の無口は、厳しい母の躾けによる。母は言葉少ない人で、食事

の時に口をきくと「人間失格よ」と言った。たったそんなことで人間

失格になるのなら、もっと悪いことをしている人はどうなるの?と感

じてはいたが、厳しい母に口答えはできなかった。それから、高校生

になって、太宰治の小説を読む機会があり、「人間失格よ」はそれほ

ど深刻な意味ではないことに気づいた。「人間失格」を書いた太宰治

の実家では、使用人も含め、大勢の人間が順列に並んで箱膳の前で、

黙ったまま食事をする習慣になっていると書かれていたからだ。母の

中では印象的なそのシーンは、太宰治の代表作とリンクしたようだっ

た。



             



 そんな由緒正しい家柄のような躾けを母は好んでいたのだろうと思

うと、風変わりな母のことをおかしくもあった。父は母以上に無口で

そのため父は自分を「人間合格」と言っては、桃子と兄に威張ってい

た。それだけではなく、母の厳しい管理の元、家はいつもきれいに保

たれた。母はおしゃべりする暇があったら手を動かしなさいといい、

常に働き続け、食事時間以外で、座っている姿は、親子そろっての

正月の書初めの時くらいだった。


 桃子が小学5年生の正月、母は桃子と桃子の兄に「沈黙は金なり」

という書初めの課題を出し、1日かけて練習させると、会心作二つは

額に入れられて、ずっと曾祖父と祖父母の額と並んで床の間の部屋の

壁に掛けられることになった。桃子はどうして沈黙は金なのか、いま

だによくわかってはいない。



             



 家の中で余計なおしゃべりをしてはいけないから、おしゃべりをす

るのは外で、しかもおもちゃ屋のぬいぐるみや人形たちとするものだ

ったから、それは自分であるだろうことに確信は持てたけれど、具体

的なその絵は浮かんでは来なかった。ただ一つの鮮明な記憶だけを除

いては。


 12月の第3水曜日、印刷所から、頼んでいたカードはやっと届け

られた。顧客の約100名に毎年出しているクリスマスと年賀状を兼

ねたグリーティングカードで、表紙は毎年、桃子の手書きの絵が入っ

ていた。画家になる夢はとうに諦めてはいるものの、この年末のカー

ドの表に入れる絵だけは「絵」との繋がりを持てる唯一の楽しみで、

もう10年を超えて続けていた。



            



 今年の絵は武田の話しにヒントを得て、現実と夢の中間を描いた。

おもちゃ屋でおもちゃに話しかけている自分はちょっとかわいく脚色

した。ただ、唯一脚色なしで覚えているのは、同じ棟の、おもちゃ屋

の隣は、今で言うパティスリー&ブーランジュリーという、ケーキ屋

兼パン屋さんで、クリスマスになると大きな本物のデコレーションケ

ーキをディスプレイして、ケーキの重さを当てるクイズをしていたこ

とだった。そのケーキ屋のウインドウを毎日覗いている男の子がいた

ことを桃子は鮮明に覚えている。



           



 100枚のカードを投函し終えた1週間後、1枚のはがきは桃子に

届けられた。「桃子さん、先日は素敵なクリスマスカード、ありがと

う。やっぱりわかっていたんですね。モモちゃんの髪をカットしなが

らも、あの時さえ話し出せずにいました。30年前、モモちゃんがお

もちゃ屋さんのおもちゃと話しをしていた横で、ケーキ屋の恒例のク

リスマスケーキの重さ当てクイズをどうしても当てたくて、大きなデ

コレーションケーキがウインドウに飾られると、毎日学校帰りに覗い

ていたのはご存じのとおり、この私です。だから、ケーキを覗き込む

男の子が描かれていたカードを見て、ああ、しまったと思いました。

武田さんにあの30年前の小学生の女の子はきっとモモちゃんだと言

ったのはこの私です。でも、昔話をするのはもうとても照れる年代に

なりましたから、どうしても話せなかったのです。でも、素敵な絵を

ほんとうにありがとう。後生大事に額に入れます」


 桃子と三太郎の沈黙は30年後、やっと破られた。




        







  イラストから「リサコラムの部屋」へ入れます。

  「リサコラムの部屋」は毎週火曜日連載です。

  「リサコラム」は毎週月曜日連載です。



バックナンバーの継続表示は終了いたしております。

書籍化の予定のため、連載以外のページは見られなくなりました。

どうかご了承くださいますように。








シンプル&ラグジュアリーに暮らす』
-ベッドルームから発想するスタイリッシュな部屋作り-               

(木村里紗子著/ダイヤモンド社 )                      

(Amazon、書店では1,500円で販売しています。)

マダムワトソンでは 
                                    
    木村里紗子の本に、自身が愛用する多重キルトのガーゼふきんを付けて1,800円にてお届けいたします。  
 
 ご希望の方には、ラッピング、イラストをお入れいたします。                                
    
    お申込はこちら→「Contact Us」           
                          

                                       * PAGE TOP *
Shop Information Privacy Policy Contact Us Copyright 2006 Madame MATSON All Rights Reserved.