MadameWatson
マダム・ワトソン My Style Bed room Wear Interior Others Risacolumn News
HOME | 美しいテーブルウェア | 上質なベッドリネン&羽毛ふとん | インテリア、施工例 | スタイリッシュバス  | Y's for living
リサコラム
連載326回
      本日のオードブル

AAA


第12回


はやとちり


木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書”シンプル&ラグジュアリーに暮らす”(ダイヤモンド社)(06年6月)がある。
道楽は、ベッドメイキング、掃除、いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まる夢を見ること。
20年来のベジタリアン。ただし、チーズとシャンパンは好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただしお酒はぜんぜん強くない。
好きな作家はロビン・シャーマ、夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、F・サガン、
マルセル・プルースト


 
桃子のお店は、約25平米。7.5坪の狭さです。
カウンターにはちょっとこだわりあり。幅2.1mのカウンターの
左右2つは強化ガラスにスチールの焼き付け塗装の足。真中にはマホガニーの引出付きのカウンター。3台連結させます。天板は白い大理石です。床は、イタリア産ポテチーノ・クラシコの大理石です。左右から奥へはいり、クローゼットには高級なお洋服がたくさん。枠は塗装ではなく、メラミンの濃いブルーです。その手前の鏡面板の細長いテーブル(既製品)の上で
選んだリユースのお洋服をコーディネートします。
右の扉も板はメラミンです。そこには洗濯済みのお預りの
お洋服たちを入れます。
カーテンはブルーのシフォンレースで2.5倍ひだ。
レールはリングランナーの見えないタイプで、モダンな感じにしました。
予算を気にしながら、描いてみましたけれど、
モモちゃんどうかしら?

 
      
  





はやとちり



夏も冬も中折れ帽をかぶり、晴天の日も黒い雨傘を手にするコウタ

ロウはカウンターの木の椅子に腰かけると、鞄からパイプを出した。


 「あのぉ、」「わかっているよ。そう、はやとちりするもんじゃな

い」立ち上がるとゆっくりと表に出て、通りに向かって薄紫の煙を吐

いた。


 「好(よし)さんは、アイロンがけの名手だったな~」また居心地

悪そうに椅子に腰かけると、コウタロウはつぶやいた。「ほんとそう

でした」「あんたももっと修行しなくちゃならん」「ええ、ほんとそ

うです」「もう、何年になる?」「20年です」「いや好さんが逝っ

てからだよ」「ああ、10年です」「そうか、そんなになるか」桃子

は元校長先生のコウタロウさんがどうも苦手で、20年の長いお付き

合いなのに、いつも緊張して固くなる。



             



 「好さんはアイロンがけのコンテストで何度も優勝しているからね

ぇ。次は黄綬褒章だと噂していた矢先だったからね」「ええ、そうで

すね」「誇りに思わなきゃならんよ」「ええ、伯父のことは尊敬して

それを励みにしています」「ランドリー・
Kも、随分レベルが落ちた

からな」「はい。もっと修行します」「名前はなんて言ったかね?」

「はい。桃子です」「店の名前だよ。そう、はやとちりするもんじゃ

ないよ」「すみません。『ランドリー・モモコ』です」「つまらん名

前だね、もっとクールな名前はなかったのかね」コウタロウは10年

経っても「ランドリー・K」の名で呼び、桃子の代の店の名前を覚え

ようとはしなかった。


 桃子は高校卒業後、アルバイトをしていた近所の伯父のクリーニン

グ店にそのまま就職した。受験した美大に全部滑り、浪人禁止の家訓

により自然のなりゆきのように桃子の人生の行路は決まった。両親は

反対も賛成もしなかった。しかし、それから苦難の日々はまだ若い桃

子を待ち受けていた。伯母が早逝し、伯父はその3年後に逝ってしま

い、二人に子供はなかっため、桃子は店をひとりで切り盛りしなくて

はならなくなった。そのコウタロウさんは桃子の知らない頃からの顧

客で、すべてを知りつくしている。



            



 「ここもそろそろ改装しなきゃ、みんなあっちへ行ってしまうよ」

コウタロウはある日、そんなことを言った。「ええ、そう思っている

んです」「それじゃ、やればいいじゃないか」「ええ、そうなんです

が。先立つものが
ですね」「そんなことを言っていたら、あんた、負

けだよ」「でしょうか?」「ああ、みんな気持ちのいいところにいた

いものだよ。あんたの腕もまあまあだけどね」「ありがとうございま

す」「あんたは、すぐはやとちりする悪い癖がある。老朽化は悪だ。

このすわり心地の悪い椅子も」「はい。申し訳ございません」桃子は

深々と頭を下げた。そして、まだ青葉の季節に桃子は“改装”という

2文字をなつみに相談した。


 落ち葉もほぼ散り終わる水曜の午後4時、かっこう時計のかっこう

は疲れた声で1回外に出てくると、なつみは桃子の店に飛び込んでく

るなり、パースのようなものを桃子の前に広げた。「これ、なあに?

ブティックじゃないよね?」築40年の住宅兼店舗は広々とした、ブ

ランドの服を並べたブティックのように変貌を遂げていた。今、桃子

の立っている使い込んだカウンターは幅210cm奥行80cmの優

雅な受け渡しカウンターになるようだ。


             


 「すごい、うそみたいに素敵じゃない?作り付けのカウンターには

引き出しもたくさんつける予定よ。それにね、ダウンライトの上にも

隠し収納があるんだから」桃子は想像の目を凝らしてみた。確かに細

い光の筋はガラスのカウンターに穏やかな小春日和の陰を落として

いるようだ。


 サブレのような質感と色は床に、薄水色のギャザーのレースカーテ

ンは通りに面した窓に。さらにランドリー・モモコのロゴ入りロール

スクリーンもかかっている。ブルーの枠をもつガラス扉の奥には色鉛

筆を並べたような服は整列してカウンターの方を向いていた。まるで

パリのブティックみたいだと行ったこともないのに桃子はそんなこと

を思った。



         



 「こんなクローゼットに入れたら洗濯物とは思えないよね。ブラン

ドのお店のみたい」「でしょ?それにこの白い収納の開き扉の先にも

さらに300本のハンガーかけがあるのよ」「私ひとりで、そんなた

くさんの仕事は無理よ!」「そう来ると思った!はやとちりしちゃだ

めよ」コウタロウの口癖の「はやとちり」をなつみも言った。「ガラ

ス扉の中は私のお店の商品を置く予定なのよ。洗濯物はね、この白い

収納扉の中に入れるのよ」なつみは深呼吸をすると、桃子の横顔を眺

めながら言った。「ねえ、モモちゃん、ここに置かせてもらえないか

な~。今、ここと私の店を行き来している古着は、移動なしですぐに

売れるのよ」


 桃子はほんの数秒考えた。「なるほどね~いいかも」シンプルな桃

子はシンプルに決断した。「2軒隣で別々にやるより一緒にやればい

いのね、今まで考えもしなかったけど、いいアイデアかも。着なくな

った服はそのまま、リユースにどうぞってことでしょ?」「わぉ~、

物分りいい!」さっきは、はやとちりと言った言葉をなつみは忘れた

かのように歓喜の声を上げた。



        



 「それでね、出資金を集めたのよ~」「どうやって?」「まあね。

実はね、モモちゃんのお店を改装して、私もそこに出店するからって

私たちの共通のお客様に呼びかけてみたのよ」なつみの大胆さには桃

子は考えさえ遥か及ばない。「レジには寄付金箱も置いたのよ」「寄

付金箱!」「そう、すごいのよ。頭金になりそうなくらいね、集まっ

ちゃって!」「ねえ、モモちゃん一緒にここのピカピカのお店でやろ

うよ」「そうね、いいわ」方向の違うシンプルな二人の決断まで、か

っこうの出てくる暇さえなかった。


 「それで、どなたから集めたの?」「びっくりしないでよ~。あの

校長先生よ。雨傘のジェントルマン」「コウタロウさん?まさか!」

「そう、そうなの。ジェントルマン・コウタロウさんが中心になって

資金集めまでしてくれたのよ~」「え~、ほんとにぃ?『あんた、は

やとちりだよ』っていつも言われてるのに、ほんと、コウタロウさん

そんなことをしてくださったの?


 「モモちゃん、コウタロウさんの「はやとちり」ていう口癖だけど

ね、『はしるな、やめるな、とまるな、ちょっと、リラックス』って

意味の頭文字を取った言葉らしいよ。偉大な人よ。素敵なジェントル

マンよ。他の出資者の方々もももちろんそうだけど、みんなね、モモ

ちゃんがもしも先に死んだら、泣く人たちなんだと思うわ」なつみは

言い終わると、古びたカウンターをトンとたたくなり立ち上って、

「ヤッホ~!」と手を上げて店を後にした。




                       







  イラストから「リサコラムの部屋」へ入れます。

  「リサコラムの部屋」は毎週火曜日連載です。

  「リサコラム」は毎週月曜日連載です。



バックナンバーの継続表示は終了いたしております。

書籍化の予定のため、連載以外のページは見られなくなりました。

どうかご了承くださいますように。








シンプル&ラグジュアリーに暮らす』
-ベッドルームから発想するスタイリッシュな部屋作り-               

(木村里紗子著/ダイヤモンド社 )                      

(Amazon、書店では1,500円で販売しています。)

マダムワトソンでは 
                                    
    木村里紗子の本に、自身が愛用する多重キルトのガーゼふきんを付けて1,800円にてお届けいたします。  
 
 ご希望の方には、ラッピング、イラストをお入れいたします。                                
    
    お申込はこちら→「Contact Us」           
                          

                                       * PAGE TOP *
Shop Information Privacy Policy Contact Us Copyright 2006 Madame MATSON All Rights Reserved.