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リサコラム
連載710回
      本日のオードブル

ある嵐の晩に

第1話

「テンペスト」

木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書「シンプル&ラグジュアリーに暮らす」(ダイヤモンド社
紙の本&電子書籍)(2006年6月)
「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
(電子書籍2014年8月)
道楽は、ベッドメイキング、掃除、アイロンがけなどの家事。
いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まる夢を見ること。
外国語を学ぶこと。そして下手な翻訳も。

20年来のベジタリアン。ただし、チーズとシャンパンは好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただしお酒はぜんぜん強くない。
好きな作家はロビン・シャーマ、夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、F・サガン、
マルセル・プルースト、クリス・岡崎、千田琢哉、他たくさん。



嵐の晩に知らない街で
運よくいい部屋に泊まれた時
高い天井の素敵な窓のある
部屋に泊まれた時、
ほっと
一安心
しかし、
すぐに
押し寄せる不安。
乗り切る方法は何か?
ブルーベルベットのカーテンを
眺めながら考えよう。


 







        

 第1話 「テンペスト」




 
私はバサバサと鳴る音で目が覚めた。時計を見ると午前3時を少し回って

いた。


            


 外は相変わらず嵐が吹き荒れている。そのために樹木が枝を鳴らしているだ

けなのだ。私はシーツを引っ張り上げて頭を覆った。


 しかし、その嵐は静まるどころか、段々と激しさを増し、足元のカーブした

窓のガラスがミシミシと鳴り始め、私はおどろおどろしさの中で耐えられな

くなり、ベッドから起き上がった。


            


 頭の中では飛行機の中で聞いていたベートーヴェンのピアノソナタ第17番

の第3楽章、テンペストの、心をかき乱すような不安を悲しみへと昇華させる

ようなピアノの音が耳にこびりついて離れなかった。この季節外れのテンペス

ト、嵐は、先を急ぐ私を押し戻すかのように吹き荒れ、そのために飛行機が5

時間も遅れ、十分すぎる余裕を持ったはずのトランジットに間に合わなかった

のだ。そして必然的に私は顧客との大事なアポに間に合わなかった。


            


 予定外の街に降ろされた私は航空会社スタッフに誘導されるがままにバスに

乗り、さらに有無を言わさず、古びたホテルのフロントでチェックインさせら

れた。


            


 単に古びているだけなら、それはそれで味があるのだが、部屋に案内されて

ちらっとベッドの上を見た時、私はもう1分たりともいられないことがわかっ

た。それは私の記憶に間違いなければ、ロアルド・ダールの小説の中の主人公

が嫌悪感を催すシーンと同じだった。砂漠の中でやっとホテルに泊まることが

できた主人公は、翌朝、朝食に出された目玉焼きの上に脂ぎった太い髪の毛が

長々と横たわっていたのを見る。その瞬間、一体この髪の毛にはどのくらいの

菌がうごめいているだろうかと想像する。そして彼はそのままお金を置いて席

を立った。きっとあの感覚だろうと、私はそんな余計なことを思い出して余計

に気分が悪くなった。そう、私にあてがわれたベッドのシーツの上には紛れも

なくそのたぐいの黒髪が横たわっていたのだ。そんなもの、拾えばいいと言わ

れるかもしれない。しかし潔癖性の私にははとても耐えられなく感じられた。

それだけではない。私が嫌悪感にのけぞった瞬間、何か丸いものを踏んだ気が

して後ろの壁にバタンと倒れ掛かった。私はよろよろと立ち上がりながら、そ

の丸いものを探した。それは丸いゴムボールだった。前のゲストが忘れて行っ

たものか、あるいは、このホテルのハウスキーピングのスタッフが時間つぶし

に壁にボールを当てて遊ぶための遊具なのかもしれない。この地域にはペタン

クのような手でボールを壁に当てて遊ぶ遊びもあるらしいから。


            


 私はもはや、この部屋に歓迎はされていない。そう判断すると、間髪入れず

荷物を持ち上げてフロントに行った。そしてそこで他のホテルを紹介するよう

にとスタッフに言った。フロントの女性は、次々にデレイドオーヴァーでやっ

て来る客をあしらいながら、「いったい私たちのホテルのどこが悪いのよ?」

と言わんばかりの態度で、「そこでお待ちくださいな」とぶっきらぼうに

言った。


            


 なるほど、このホテルは航空会社の遅れのために宿泊させることで成り立っ

ているホテルなのかと、私は察した。それなら、わかった。もういい。私は、

フロントの真ん前のソファから立ち上がると初めて訪れた街ではあっても、も

っとましなホテルがあるはずだと思い、チエックアウトをするとエントランス

でタクシーを拾った。


            


 「この街で一番高級なホテルに連れって行って。20分以内で行けたら、チ

ップを弾むから」と言い終わる前に、タクシーは水しぶきを上げてスタート

した。


            


 土砂降りの中走ること15分、彼は一軒の白亜のホテルの車寄せに車を停め

ると、浅黒い顔のドライバーは癖のある英語で、「つきました。こちらがこの

街で一番のホテルです」と言ってにこりと笑った。



 私は礼をいい、チップを渡し、支払いを済ませると、近寄って来たドアマン

を見た。「よし、イケメンだ」私はほっと胸をなでおろした。私の勝手な見解

を言わせてもらえば、ドアマンはイケメンに限る。人間の内面が大事なのはも

っとも私の主張するところだが、しかし、ドアマンを判断するにはほとんど一

瞬しかない。そして幸か不幸かそれはホテルの第一印象を決める。だからドア

マンは笑顔が似合うイケメンに限るのだ。そうでないホテルがあれば、それは

お客様を見くびっていると私は思う。


            


 私はドアマンに荷物を持たせると、堂々と白亜の廊下を歩いた。そしてフロ

ントで事情を説明すると、「できるだけいい部屋を」と言った。フロントのス

タッフも髪の毛をぺったりと撫でつけたイケメンだった。「よし!」私は心の

中で微笑んだ。まだ、私の運は尽きてはいない。そして、私はスイートの部屋

に案内された。


 部屋はもちろん掃除も申し分なかった。すぐに大理石のバスルームでシャワ

ーを浴びて、バスローブを羽織るとシャンパンの栓を抜いた。冷蔵庫の中身は

全部無料なのだから、そんな時は非常事態であってもシャンパンで小さな幸せ

を乾杯するのがよい。そして、用意されていたチーズやチョコレートで空腹を

満たすと、適当に髪の毛を乾かし、持参したパジャマに着替えてベッドに横に

なった。


            


 そこで改めて驚いたのは、天井がものすごく高いことだった。恐らく5mは

超えるだろう。しかし、私はそんな高級なホテルの部屋であるにもかかわら

ず、いつものように部屋の中を探索することも、窓を開けて外の風景をみるこ

ともなく、シャンパンの力ですぐに眠りに落ちた。そして嵐はますます強くな

って目が覚めたのは午前3時過ぎ。私がベッドに入っておよそ3時間後だった。


            


 窓ガラスがミシミシとなる不気味な音を聞きながら、もしも、この巨大な窓

が破れたらどうなるだろうか?そして、もし窓の外に巨木が生えていたら、そ

の幹か枝が突き刺さりでもしたら?その枝は私の方に向かってくるだろう。そ

したら私はここで終わりだ。



 私はスマホでテンペストのYouTubeを探して耳にイヤホンを挿した。今日

の私は飛行機の揺れから、ずっと翻弄されぱなしだった。様々な嵐に。


            


 すぐにフジコ・ヘミングの力強いピアノの音が私の体の中に流れ込んだ。

「大丈夫。恐れることはない。私はこんな嵐のような日をずっと生きてきの

だから。今日はこれまでの人生のダイジェスト版というだけだ。だから今回も

なんとか逃げおおせるだろう」




   



 上のイラストから、「リサコラムの部屋」に入れます。


p.s.1  
 新シリーズが始まりました。今回は短編シリーズです。
 ご愛読に感謝いたします。
 ベートーヴェンのピアノソナタ17番第3楽章テンペストは
 お好きでしょうか?
 聴くたびに200年前の不安と鼓動が今に伝わってくるように感じます。


  次回は5月20日(水)です。


p.s. 2  インスタグラム始めました。私の日常です。

  
 
 「もの、こと、ほん」は下の写真から、2020年4月号です。


           


p.s.3
    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
    の英語版です。
    写真からアマゾンのサイトでご購入いただけます。


           


    タイトルは、"Bedroom, My Resort”
    Bedroom Designer’s Enchanting Resort Stories:
    Rezoko’s Guide for Fascinating Bedrooms


    趣味の英訳をしてたものを英語教師のTodd Sappington先生に
    チェックしていただき、Viv Studioの田村敦子さんに
    E-bookにしていただいたものです。
 
p.s.3
    下は日本語版です。
    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
   どこでもドアをクリックして中身をちょっとご見学くださいますように。


                 



  バックナンバーの継続表示は終了いたしております。

  書籍化の予定のため、連載以外のページは見られなくなりました。

  どうかご了承くださいますように。







シンプル&ラグジュアリーに暮らす』
-ベッドルームから発想するスタイリッシュな部屋作り-
 
(木村里紗子著/ダイヤモンド社 )                      Amazon、書店で販売しています。 なお、電子書籍もございます。

マダムワトソンでは 
                                    
    木村里紗子の本に、自身が愛用する多重キルトのガーゼふきんを付けて
  1,944円にてお届けいたします。
 
 ご希望の方には、ラッピング、イラストをお入れいたします。     
                           
    
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