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リサコラム
連載725回
      本日のオードブル

ある夏の日々

第6話

「ミステリー作家は
8月26日が好き」

木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書「シンプル&ラグジュアリーに暮らす」(ダイヤモンド社
紙の本&電子書籍)(2006年6月)
「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
(電子書籍2014年8月)
道楽は、ベッドメイキング、掃除、アイロンがけなどの家事。
いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まる夢を見ること。
外国語を学ぶこと。そして下手な翻訳も。

20年来のベジタリアン。ただし、チーズとシャンパンは好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただしお酒はぜんぜん強くない。
好きな作家はロビン・シャーマ、夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、F・サガン、
マルセル・プルースト、クリス・岡崎、千田琢哉、他たくさん。




小学生の
女の子が一人
ティルームの
入口に立っています。
猫足のコンソールテーブル
ゴージャスなカーテンの窓と
そしはゴージャスな花。
でも、
なんだかミステリアスな
匂いもしませんか?



 







        

 第6話 「ミステリー作家は8月26日が好き」




  私の小学3年の娘は幸運なことに2学期が始まる1週間前から夏休みの

宿題を始める。幸運なことに?もちろん、それがいい訳ではない。しかし、

それもそのはず、かつて私がそうだったのだから、致し方ないと思ってあきら

めている。


            


 私の夏休みの思い出と言えば、まずはあのどんよりした重苦しい気分を思

い出す。そして貯め込んだ宿題を半泣きしながら徹夜でやった辛い辛い夜のこ

とを思い出す。それはいつも8月26日から始まった。理由は明白だ。夏休み

の宿題を8月にやろうと思って7月は終わり、8月のお盆が終わればやろうと

思って1日伸ばしにしているうちにあっという間に1週間が過ぎる。そして気

がつけば残り1週間になっているだけのことだ。あと1週間になって絵日記の

まとめ書きなんて、覚えているわけがないから書きようもなかった。だから

白紙で提出した。


            


 それに反し、3才上の姉はいつも涼し気な顔で8月の残り1週間を迎える。

姉は最初の1週間でわき目もふらず、プールにも行かず、すべての夏休みの宿

題を終える。私がお菓子やプリンやアイスクリームを食べながらテレビを見て

いる時も自分の机にかじりついて、徹夜してでも一気に宿題を終えるのだ。私

はいったい何のための夏休みなのか、わかりはしないと思っていた。さらに姉

は想像力が豊かで、作文にかけてはクラスでもぴか一と言ってよかった。だか

ら夏休みの日記さえ、前倒しですらすら書いてしまうなんとも恐ろしい人間な

のだ。だから、どこにも行ってはいないのに、地図で調べながら、観光名所の

写真を見ながら自作の架空の物語を作る。夏休みの間はたいていが晴れだか

ら、まずは全部に晴れマークを全部入れ、雨が降った時だけ、後で修正して

いた。


            


 さらに私と大いに違っていたことは、姉は夏休みの宿題を終えると家業の菓

子店の手伝いをやっていたことだった。朝の掃除から、仕込みの手伝い、箱詰

め、値付け、そのほかの雑用も嫌がらずにやった。きっと今では児童労働と言

われ、問題になるはずだが、当時はもっと社会がおおらかだった。サラリーマ

ン家庭の子供は別だか、自営業をやっている家の子供はもちろん似たり寄った

りで、農家の子供の大半は田んぼの草取りなどにかり出されていた。


            


 そして私が小学3年生の時、実家の菓子店はカフェを併設するようになっ

た。すると、両親はますます忙しくなった。友人たちが海水浴や、山の別荘に

キャンプに行っているのに、なぜ、うちはどこにも行けないのか?夏休みの思

い出が書けないじゃないの!と両親に食ってかかかることも常だった。そんな

時も、できた姉は両親との間に入って、私を説得するのだった。今なら、テレ

ビのキャラクター風に「あなたって、つまらない人ね!」とクールに姉に反撃

できたかもしれない。しかし、私はできすぎる姉に違和感だけを抱いていた。


            


 私は仕方なく学校のプール行ったり、近所の友達と遊んだり、宿題もせず、

テレビを見たり、ゲームをしたり漫画を読んだりしながら、無為に過ごして

いた。


 そんな風に姉と私は似ても似つかない性格だったが、ただ唯一、私たちには

共通の趣味があった。それはアイザック・アシモフというSFミステリー作家

のラジオ朗読の番組に夢中だったことだった。ちょうど晩ご飯の前くらいの時

間帯で、その時間になると姉と私は涼しい応接間に置いてある年代物らしいラ

ジオの前に座り、身を乗り出すようにして毎回聞き入った。


            


 声優の声色は真に迫っていて緊迫感がびりびりと伝わってきた。姉と私は時

に身震いし、心臓をどくどく言わせ、時にはしっかり両手のこぶしを握り締め

ながらじっと聴き入り、いつの間にか、私たちはアイザック・アシモフの世界

にのめり込んでいた。


            


 そんなある日、姉は私に、「アイザック・アシモフってね」、と珍しく自分

から話し始めた。「家がお菓子屋なのよ」「へ~、うそ~!」私は床に寝転が

って答えた。「それで、子供の頃から大人になってもずっとお菓子屋さんで働

かされていたそうよ」「へ~、ほんと?それじゃ、うちと同じってこと?」私

はとても信じらないと思った。「そうよ。こんな有名な科学者さんだって、家

の仕事を手伝ってるんだから」姉の言葉には、しかし、私を非難するような口

調はなかった。「私ね、将来は推理小説作家になるつもり」姉のセリフに私は

笑い転げた。


            


 「はっはっは、アシモフもお菓子屋だからって、おねえちゃんが推理小説

作家?だったら、お菓子屋だったらみんななれるってことよね。」姉はずいぶ

ん気を悪くしたようで私をにらんだが、「ぐうたら者は何にだってなれやしな

いわよ」とクールに言うと部屋から出て行った。


            


 私は、ぐうたらものか、たしかにと反論もできなかった。私は姉のように夢

があるわけではなかったが、そのような著名な作家が家の手伝いをしているこ

とに信じらない思いを抱いた。しかし、それでもしばらくすると納得できるよ

うな気がしてきた。

 翌年、姉は全寮制の私立の有名中学に進学した。仕方なく、私は姉の代わり

に家の仕事を手伝うようになった。父は併設したカフェが軌道に乗ったため、

さらにスペースを広げ、2階を高級な雰囲気のティルームにした。私はティル

ームにかけられた美しいカーテンのあるハイソな光景にびっくりした。


            


 「本格的な英国式のアフタヌンティーを出すんだよ、ここで」と父は私に

言った。「アフタヌンティー?」「ああ、ウイーンには、今でもゴージャスな

インテリアのティルームがたくさんあるんだよ。だからそんなティルームを日

本でやってみたかったんだ」父の目は輝いていた。ティルームは時流にのり、

繁盛した。


 しかし、それに反して、あれほど家の手伝いを喜んでやっていた姉は普通の

OLになり、サラリーマンの男性と結婚し、サラリーマン家庭を築いた。


 私はと言えば、あれほど嫌だった実家の仕事を中学、高校、大学まで手伝う

ことになり、そして、結婚して、やはり家業を継ぐことになった。そして娘が

生まれた。


            


 私の子供時代、私にはこれといって夢がなかった。あったのは、夏休みさえ

どこへも遊びに連れて行ってくれないという不満と姉に対するコンプレックス

だけのぐうたらものだった。しかし、そんな子供時代のことを私の娘は知りは

しない。私は毎日、毎日、寝かしつけるときに、アイザック・アシモフ、シャ

ーロック・ホームズ、アガサ・クリスティ、そして、江戸川乱歩を読んで聞か

せた。そして、幾度となく、こんな話をしながら、私は娘を育てて来た。


            


 「アイザック・アシモフはね、家がお菓子屋さんだったのよ、うちみたいに

ね。それで、お菓子を売りながら、SFを書いたのよ。お菓子とSF、ミステ

リ-はどうも関連するらしいよ。それに、シャーロックホームズを作ったコナ

ン・ドイルはね、お医者だったんだけど、全然、患者さんが来なくて、暇を持

て余してシャーロックホームズっていう、自分の先生に似た人物を作り出して

探偵物語を書き始めたのよ。


            


 アガサ・クリスティなんて、生涯、肩書は主婦って書いたらしいわ。つまり

作家さんってね、作家業があるわけじゃなくて、別の仕事があって、そこから

ヒントを得て作家になるってこと。だから、あなたも、うちの仕事をやってい

たら、その内、こんな有名な作家になれるのよ。だからお母さんもずっと、家

の手伝いをしてきたのよ」


           



 するとある日、娘が「私も将来はパティスリーで推理作家になりたいな」と

言い出した。「すごい!でも、あなたならきっとなれるわよ!」私は心の中で

ガッツポーズした。


            


 子供時代がぐうたらだっていいのだ。まだまだ先は分からない。「宿題を早

く終わらせて人生の結末を早く見つけるより、人生の結末は最後までわからな

いほうが面白いに決まってる。ミステリーみたいにね」私は8月26日に夏休

みの宿題の上で眠り込んでいる娘に向かってそう、そっとつぶやいた




   



 上のイラストから、「リサコラムの部屋」に入れます。

  
 *リサコラムは2020年6月より毎週金曜日に連載いたします。

p.s.1
  
 アイザック・アシモフ、子供の頃に夢中になりました。
 でも、お菓子屋さんの息子だったことにびっくりしました。
 しかもずっと実家のお菓子屋さんで働いていたそうですから
 またまた驚きです。

p.s. 2  インスタグラム、私の日常です。

  
 
 「もの、こと、ほん」は下の写真から、2020年8月号です。


           


p.s.3
    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
    の英語版です。
    写真からアマゾンのサイトでご購入いただけます。


           


    タイトルは、"Bedroom, My Resort”
    Bedroom Designer’s Enchanting Resort Stories:
    Rezoko’s Guide for Fascinating Bedrooms


    趣味の英訳をしてたものを英語教師のTodd Sappington先生に
    チェックしていただき、Viv Studioの田村敦子さんに
    E-bookにしていただいたものです。
 
p.s.3
    下は日本語版です。
    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
   どこでもドアをクリックして中身をちょっとご見学くださいますように。


                 



  バックナンバーの継続表示は終了いたしております。

  書籍化の予定のため、連載以外のページは見られなくなりました。

  どうかご了承くださいますように。







シンプル&ラグジュアリーに暮らす』
-ベッドルームから発想するスタイリッシュな部屋作り-
 
(木村里紗子著/ダイヤモンド社 )                      Amazon、書店で販売しています。 なお、電子書籍もございます。

マダムワトソンでは 
                                    
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 ご希望の方には、ラッピング、イラストをお入れいたします。     
                           
    
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