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リサコラム
連載970回
      本日のオードブル

『もしもあの時、』

第10話

「ヴィクトリアの右手」


木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つデザイナー。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書「シンプル&ラグジュアリーに暮らす」(ダイヤモンド社
紙の本&電子書籍)(2006年6月)
「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
(電子書籍2014年8月)
道楽は、ベッドメイキング、掃除、アイロンがけなどの家事。
いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まる夢を見ること。
外国語を学ぶこと。そして下手な翻訳も。

20年来のベジタリアン。ただし、チーズとシャンパンは好き。
甘いものは少々苦手。
アマン系リゾートが好き。ただしお酒はぜんぜん強くない。
好きな作家は
ロビン・シャーマ、夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、
F・サガン、
マルセル・プルースト、クリス・岡崎、千田琢哉、他たくさん。




ゴージャスな黄金色のガウンを

羽織り、

重たそうな王冠をかぶった女性は

もちろん、

ヴィクトリア。19歳の少女は

この日から正式に

大英帝国を率いる女王になった。



 



第10話 「ヴィクトリアの右手」




 「これって何の絵だかわかります?」シャーロック・ホームズ・

クラブの定例会、会場のアパートの廊下で、そう声をかけて来たの

S君だった。廊下の壁に掛けられた絵を指差して、

「これですか?」と僕は聞き返しながら、内心、またか!と

ため息をついた。


            


 S君はこのクラブきっての博識で、何の博識化と言えば、あらゆる

ことのとしか言いようがない。つまり、シャーロック・ホームズその

ものなのだ。


            


 「ヴィクトリア女王ですよね?まぁ、ここがシャーロック・ホーム

ズ・クラブじゃなければ、わかる人は少ないかもしれませんよね」

「そうでしょうね。でも、なんか変ですよね?」S君は無感情な表

情で言ったが、彼の意図しているのはなぞかけだということは明ら

かだった。ここはニッチな趣味人の、まあ、いわば、変人の集まり

だから仕方ない。恐ろしく高価そうな宝石が埋め込まれている王冠

をかぶっていれば、どこかの王様だろうと言う想像はつく。しかし

それがイギリスのヴィクトリア女王だと即座に回答できる人は少な

いだろう。しかし、シャーロック・ホームズを研究する者にとって

は、ヴィクトリア女王は切り離すことなどできない。その治世にホ

ームズは生を受け、2つを除いて全ての事件はヴィクトリア朝時代

に起きているのだから。実際、ホームズは女王に謁見していると思

われる下りがある。それは、政府を揺るがす盗難事件、『ブルース

パディントン設計書』で設計図が外部に渡ることなく、ホームズが

見事に取り戻した謝礼に、ウィンザーで1日を過ごし、「高貴なる

人からエメラルドのネクタイピンを贈られている」ことから推測で

きる。もし、ヴィクトリアが繁栄を謳歌した大英帝国の王位を継承

しなければ、その後の世界はどうなっていただろうか?僕なんかに

は想像はつかないが、今と同じでは決してないだろう。18歳、高

校3年生で王位につき、19歳での戴冠式とは思えないほど、絵の

中の女王は堂々としている。僕はS君が僕の背中をすり抜けて、向

こうに行ってしまった後も、じっとその絵を見続けていた。


           


 日の沈まない63年の治世とはいえ、その日なたの部分の日陰は同

じようにできるものだ。「繁栄の街ロンドン」は同時に、「犯罪と

貧困の街ロンドン」でもあったのだから。たくさんの私生児が生ま

れ、多くの女性が身投げをしたと言う『嘆きの橋』と呼ばれる橋さ

えあった。そしてその子供たちの多くは、ホームレスとなり、児童

労働に駆り出され、低賃金で、危険な労働に従事させられた。早朝

から深夜まで。そんなことを思いながら、僕は万華鏡のようにきら

めいているヴィクトリア女王の真紅の裏地のついたガウンを細部ま

で目を凝らして見た。様々な色が使われた生地に、金糸、銀糸で豪

奢な刺繍が施されている。ガウンの下にはシルクオーガンジーの透

ける白いドレスを着ている。


            


 「分りました?」S君はまた私の後ろを通りながらそう言った。

一体、何がどうへんなんだろう?ダイヤ、エメラルド、サファイア

などの宝石がきらめく王冠に不足している宝石が何かなどの問題で

あれば、そんなものが僕にわかるわけがない。「さっぱりわかりま

せん」と僕は素直にそう言った。「ふふふ」S君はそんな笑いをし

た。そしてまた通り過ぎようとした。「降参です」僕はS君の背中

を追いかけてなぞなぞに終止符を打ちたいと思った。


           


 「そうですか、この絵の元になった絵はリトグラフらしいんですけ

どね、誰が描いたのかわからないんです。作者不詳ってやつですね。

さらにその絵を模写したこの絵の作者もわからないんです。しかし、

おかしな点は作者の無言の意図を感じるところでです。偉大なアフリ

カの星と呼ばれる巨大なダイヤモンドが埋め込まれた杖のような、笏

(しゃく)を持っていないんですよ。これは重要なキーワードなんで

す。通常は右手に持つはずの権力を表す王笏が描かれていないんです

よ。これ、どう解釈します?」僕も最近はなぞかけにはかなり慣れて

はきたが、しかし、これは難しすぎる。それでも、ホームズ・クラブ

の不文律として、出されたなぞかけには答えるしかない。


            


 これを描いた人間はどんな人間なのか?右手に権力の象徴を持たせ

なかった理由があるのか。ヴィクトリア女王から権力を奪う目的を持

った人間が書いたものかもしれない。しかし、王冠はかぶっている。

つまり、天皇のように国家の象徴であるべきで、他の権力ははく奪さ

れるべきという意思表示だろうか?そこまで考えて、僕は、「つまり

王室不要論のフェミニストが描いた絵ではないんでしょうか?そこ

には君臨すれど、統治せずと言う思想が込められているような、まあ

なんちゃって、ですけど…」僕は最後をごまかした。きっとS君は

声を立てて笑うだろうと思いながら。博士と呼ばれるS君にかかって

は、新人の僕なんて相手にもならないからだ。しかし、S君は珍しく

「なるほど」と真面目に僕の意見に賛同した様子を見せた。僕は内心

ほっとした。


           


 小暮さんといい、S君といい、ここにいる変人たちの仲間入りは

そう簡単なことではない。しかし、役に立たないようなものを真面

目に研究することの無意味さを全く感じずに、喜々として楽しんで

いる人々の中に自分もいるのだと改めて考えたとき、僕は何とも言

えない心地よさを感じるのだった。


            


 「素晴らしい推理だと思います」S君は茶化すことなくそう言っ

た。その後で、「僕の見解はこうです。単に書き忘れた可能性をす

べて否定はできないが、この右手を見てください。なんとも妖艶な

感じがしませんか?ヴィクトリア女王19歳です。18歳で王位継承

し、19歳で戴冠式に臨んだ彼女は、間違いなく、強運な女性でしょ

う。祖父の国王ジョージ3世の4男、ケント公の長女として生まれ

たんですよ。どう頑張ったって王位継承の欄外だったんですから。

しかし、父のケント公は、彼女が生まれて8ヶ月の時に亡くなり、

さらに6日後に祖父のジョージ3世が亡くなった。その後を継い

だ、ヴィクトリアの叔父のジョージ4世、ウイリアム4世と共、世

継ぎがいなかったんです。だから、叔父のウイリアム4世が亡くな

ると、ヴィクトリアは18歳で王位を継承してしまった。この偶然に

偶然が重なって、彼女に王権が巡ってきたと見るより、彼女自らが

王位を引き寄せたと、あの右手は言っているんじゃないかとね。僕

の謎解きはこれです。その方が謎解きぽくて面白くありませんか?

単に書き忘れたのだとしてもね。そんな風に想像しておもしろがる

のが、シャーロッキアンの癖ですけどね。


            


 でも、描き忘れただけだとしても、もしもあの時、描き忘れなかった

なら、この絵は普通になっていたでしょう。手招きするような空の

右手のおかげでこの絵は○〇○万円の値段がつくらしいんですか

ら」S君はそっと僕に耳打ちしてからまた僕の背中を通り抜けた。



   



上のイラストから、「リサコラムの部屋」に入れます。



p.s.1


 なぞかけ、なぞとき、時間を忘れ、熱中する時間が

最高の時間。


p.s. 2  インスタグラム、私の日常です。

  
「もの、こと、ほん」は下の写真から、2025年6月号です。



           


p.s.3
    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」

    の英語版です。

    写真からアマゾンのサイトでご購入いただけます。


           


    タイトルは、"Bedroom, My Resort”

    Bedroom Designer’s Enchanting Resort Stories:

    Rezoko’s Guide for Fascinating Bedrooms


    趣味の英訳をしてたものを英語教師のTodd Sappington先生に

    チェックしていただき、Viv Studioの田村敦子さんに

    E-bookにしていただいたものです。
 
p.s.3
    下は日本語版です。

    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」

   どこでもドアをクリックして中身をちょっとご見学くださいますように。


                 







































































シンプル&ラグジュアリーに暮らす』
-ベッドルームから発想するスタイリッシュな部屋作り-
 
(木村里紗子著/ダイヤモンド社 )                      Amazon、書店で販売しています。 なお、電子書籍もございます。

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